コンソールが教えてくれたこと
音楽専門学校時代、大型アナログコンソールでのミキシングを徹底的に叩き込まれた。48チャンネルのフェーダーが目の前に並ぶ光景は、今のDAWの画面とはまったく異なる体験だった。
アナログコンソールでの作業で最初に身についたのは、ゲインステージングの感覚だ。各チャンネルの入力レベルを適切に設定し、信号経路全体でヘッドルームを確保する。この基本が崩れると、どれだけEQやコンプレッサーを調整しても良い結果にはならない。デジタルでは32bit floatの世界があるため理論上クリップしにくいが、プラグインの内部処理はアナログ回路をモデリングしていることが多く、入力レベルの概念は依然として重要だ。
もう一つ、コンソールから学んだのは信号の流れを俯瞰する視点だ。物理的なパッチベイを通して、どの信号がどこを経由してどこに到達するかを常に意識する。DAWではルーティングが見えにくくなりがちだが、この「信号の道筋を追う」思考は、複雑なセッションでのトラブルシューティングに不可欠だ。
DAW環境への翻訳
現在の制作はほぼDAW内で完結しているが、アナログコンソールで培った感覚を意識的にデジタルワークフローに翻訳している。
ゲインステージングの実践
DAWセッションを組む際、まず各トラックのクリップゲインを調整し、フェーダーが0dB付近で適切なバランスが取れる状態を作る。これにより、フェーダーの物理的な操作範囲(あるいはオートメーションの解像度)を最大限に活かせる。プラグインチェーンに入る前に信号レベルを整えることで、各プラグインが最適な動作点で機能する。
サミングの考え方
アナログコンソールでは、複数のチャンネルがサミングアンプで合流する際に微細なノンリニアリティが加わる。これが独特の「太さ」や「一体感」を生む一因とされている。DAWのデジタルサミングは完全にリニアだが、バスコンプレッサーやサチュレーションプラグインを意図的に挿入することで、似た効果を狙うことがある。ただし、これは好みの問題であり、クリーンなデジタルサミングの透明感を活かすことも一つの選択肢だ。
プラグインチェーンの順序
アナログの世界では、EQ → コンプ → EQ のようなチェーンをインサートで構成する。この順序には物理的な制約と経験則がある。DAWではプラグインの順序を自由に入れ替えられるが、だからこそ「なぜこの順序なのか」を意識することが重要だ。
- ハイパスフィルターで不要な低域を除去してからコンプレッサーに送る
- コンプレッション後にEQでトーンを整える
- 空間系エフェクトはチェーンの最後に配置する
これらの原則は、アナログ時代の信号処理の論理をそのまま引き継いでいる。
ハイブリッドワークフロー
完全にITB(In The Box)で制作する場合でも、アナログ的な思考をベースにしている。具体的には:
- サブグループの活用:個別トラックを直接マスターに送るのではなく、ドラムバス、ボーカルバス、シンセバスなどのサブグループを経由させる。コンソールのグループフェーダーと同じ考え方。
- AUXセンドの積極的な利用:リバーブやディレイは必ずAUXセンド/リターンで構成する。インサートではなく並列処理にすることで、原音とエフェクト音のバランスを細かくコントロールできる。
- テンプレートの整備:コンソールのデフォルトパッチのように、制作の起点となるセッションテンプレートを常に更新している。
アナログコンソールの経験は、「制約の中で最善を尽くす」姿勢を教えてくれた。DAWの無限の可能性の中でこそ、自分なりの制約を設けることが、独自の音を生み出す鍵になる。
ツールが変わっても、音を聴き、判断し、形にするというプロセスの本質は変わらない。アナログとデジタル、それぞれの強みを理解した上で、自分なりのワークフローを構築していくことが大切だと考えている。